Studies

ハドロン質量起源の研究

物質質量起源の謎

陽子や中性子といったハドロンは、物質を構成する基本要素の一つですが、実はその質量の起源について完全には解明されていません。 例として陽子の場合を見てみましょう。 陽子を構成するのは素粒子である3つのクォーク、u・u・dですが、クォークそれぞれの質量はおよそ数MeV程度です。 一方、陽子として多体系を成すと938 MeVにも達し、ハドロンの質量が裸のクォークに対して不自然に重いことがわかります。 この大きな質量差を生んでいるものは何か?これこそが当研究室・またハドロン物理学が解明を目指す大きな謎の一つです。

日本物理学会誌 物理学70の不思議より

理論予想:カイラル対称性の自発的破れ

上記の問題について、2008年にノーベル物理学賞を受賞した南部陽一郎先生のアイデアである"カイラル対称性の自発的破れ"が解決の糸口になると期待されています。 この考えによれば、カイラル対称性が破れた有効ポテンシャル場における真空には、強い相互作用によりクォーク・反クォーク対が凝縮しており、 これと相互作用をすることでハドロンは質量を獲得すると考えられています。 この理論予想が正しいかどうかを知るには、高温/高密度環境下でのハドロンの質量を測定することが有効です。 カイラル対称性の破れは高温/高密度環境下において部分的に回復すると考えられているため、 そのような環境下ではハドロンの質量は減少しているはずです。 このハドロンの質量減少を捉えることが、非常に重要な課題となっています。

カイラル対称性の破れの秩序変数であるクォーク凝縮量の温度・密度依存性の予測。

J-PARC E16実験

そこで当研究室では理化学研究所、京都大学、広島大学、筑波大学などと共同で、ハドロンの一種であるρ中間子やω中間子、φ中間子といった ベクター中間子を高密度空間である原子核中に生成し、その質量を精密に測定するJ-PARC E16実験を行っています。 本実験では、J-PARCに2020年に新設された大強度陽子ビームラインを用いて世界最高レベルの統計量の獲得を目指し、ハドロンの質量獲得機構の解明に決定打を与えることを目指しています。 ベクター中間子の質量は、その崩壊物である電子・陽電子の磁場中で運動量から再構成します。 そのため本研究室では標的から生じた粒子の飛跡を検出する、最新鋭のガス型検出器GEM飛跡検出器や、粒子の種別を特定するハドロンブラインド検出器の開発等に取り組んで来ました。 今後も、ドイツのGSIと協力してシリコンストリップ検出器の開発や回路系の改善等に取り組んでいく予定です。

  • GEM飛跡検出器。荷電粒子がガス中で電離した電離電子を増幅し、粒子の位置を読み出します。
  • ハドロンブラインド検出器。幅斜体中を通過する電子が発するチェレンコフ光を利用して、電子を識別します。